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2013年1月27日 (日)

10神理の探求(信心)

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 人は誰しも、何かを信じて生きています。それは、巷の宗教であったり、地位、名誉、財産であったりします。これ等に共通する事は、対象物が、「自らの外にあるもの」という事です。対象物を外に求めても、「信じる」という行為は、生きる活力となり、信じるものが全く無くなれば、生きる事は困難になってきます。毎年の自殺者の数が3万人という事実も、この事を如実に表しています。

 宗教を信じた場合でも、その対象を自らの外に見ています。それは、教祖であったり、聖書、神社、仏閣、偶像であったりするでしょう。自らの外に在るものは、常に変化します。「諸行無常」の言葉の通り,「諸々」の「行い」は「常」では「無い」のです。

 自らの外にあるが故に、これら対象物は、無くなったり、人の言動で価値が変わったり、取られたりします。その為、これらの物で、一時の安楽を得ても、苦しみの根本から逃れる事はできません。人の寿命にかぎりが有るという事実と相まって、「一切皆苦」という苦しみになります。そして、常では無いものに心が囚われると、「人天の罠」に嵌まり、信じたがゆえに苦しくなるという状態を、自らに作って行きます。

 それでは、今日の表題「信心」ですが、私達は何を信じれば良いでしょうか。永遠に変わらない「本当もの」は無いのでしょうか。

 それは、最も身近な処にあるのです。今思いを巡らして居る「貴方自身の意識」です。貴方自身の意識は、「魂」と呼ばれ、永遠の生命として変わらないのです。本当に信じるものは、「自分自身」だという事を知って下さい。  

 自分の意識は見る事ができません。その為、脳細胞が自分だと思い、肉体の死が自分の消滅だと錯覚し、苦しみの元を作っている現実があります。そこで私は、見る事のできない自分の意識が「永遠の生命として、信じて下さい」と、このブログでは言い続けているのです。

 ある程度の齢を重ねると気づく事が有りますが、「体は歳をとっても、自分の気持ちは歳をとらない」という事実です。少年時代から自分の意識は成長して行きますが、青年時代を境に成長は止まり、老化もしないのです。 
この歳を取らない気持ちこそが、永遠の生命である本当の自分自身です、自分という個性を持つ「魂」なのです。

 この、永遠に変わらない自分を信じる事が、全ての出発点になります。自分を信じる事で、毎日の何気ない生活の中から、智慧と勇気が湧いて来て、正しい生活の実践に応じた範囲で、疑問に解答が与えられるのです。
 
 心は、外に向けるのでは無く、内に向け。自己の確立が、人生の目的となる様な生き方を願うものです。まずは、自分を信じる事から始めて下さい。


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